今日のブログは
全く個人的なもので
何か形に残るもので
先日お亡くなりになった
金子哲雄君との想い出を
綴るものです。
すみませんが、
本日のブログはこんな形になります。
ごめんなさい。
彼との出会いは中学の時、
彼は転校生です。
クラスは違います。
10クラスある学校で、
正直他のクラスの生徒は
顔も名前も知らない子がほとんどです。
その当時の私は
とても素行が悪いと先生からは
視られていて、学年父母会では
学年主任の先生から
「関本とは遊ばないように。」と
言われるくらいでした。
そんな私は彼との接点はゼロなはずなのに、
ひょんなことから一緒に学校に行くことになったのです。
なんでなのかは未だにわかりません。
たぶん、彼の友達の中で一番バカなのは
私だったでしょうね。とにかく勉強はしませんでしたから。
でも、なんだか居心地がよくて
行きも帰りも待ち合わせをしてまでも
一緒にいました。
その当時から彼は少し変わっていて
それが面白かったのかもしれません。
いつもパンパンになっている
黒の革カバンを大事そうに胸に抱えています。
うちの学校の男子は
肩掛けカバンなのに、彼だけは革カバン。
「なんで肩掛けにしないの?」と私が言うと、
「もったいないし、これでいいんだよ。」と
言っていました。
くだらない話をしては、
あの人懐っこい顔を
「クチャッ」としながらケラケラと笑いながら
楽しく遊んでいました。
彼の家に遊びに行っても
おもちゃらしいものはありません。
テレビでも言っていましたが、
本当にチラシが好きでした。
「ここのお惣菜美味しいし、安いんだよね。」と
土曜日、給食が無い時はいつも一緒に
そこのお惣菜を買って帰りました。
女の子には全然興味が無くて、
彼が結婚している話を聞いて、
テレビに出ていることよりも
結婚していることのほうがびっくりしました。
卒業式の後に、
彼のお父様が働いている会社の保養所に
スキーに行ったのが一番の想い出です。
ぶんちゃん・キンポン・彼・私の4人です。
そこの保養所のオムライスが
彼は大好きらしく、うまそうに食べているのを
今でも覚えています。
まだ彼がテレビに出る前に、
私は息子と二人でそのスキー場に行った時、
「父ちゃんはここに来たことがあるんだよ。
その時、金子君という友達と来たんだ。
子供だけで来た、初めての旅行だったから
楽しかったよ。元気かなぁ〜。」と言っていた後
すぐにテレビに出始めたので、
息子に
「このあいだ言っていた友達だ!」と
自慢してしまいました。
高校に入り、
二人とも忙しくなり、(確か彼はヨット部に入ったと言っていた)
すっかり疎遠になっていましたが、
慶應高校に進学しているのを知っているので
慶應の話や、制服姿の学生を見ると、
「てっちゃん元気かなぁ〜?」といつも
思っていました。
何カ月か前、
彼がすっかり痩せている姿をテレビで観ました。
癌患者特有のやせかたで、
「もしや・・・」と思い
彼に連絡を取ろうとしましたが、
有名になった彼に、いまさら連絡をとるなんて
悪いよな。やめておこう。と連絡をとるのを
やめてしまいました。
それが凄く心残りです。
彼はそんな奴じゃないことは
百も承知なはずなのに・・・
いつも謙虚なんだけど
自分を持っていて少し頑固で、
頭の悪く、素行も悪かった私を
友人の一人にしてくれていた彼に
今でも感謝しています。
昨日は彼との関係を知る方から
たくさんのメールをいただきました。
この場を借りてすいません。
「ご心配いただき、ありがとうございます。」
そのメールに書かれていた
一節です。
「今日は、昨日亡くなった人が生きたかった日。
だから、生きている私は今日この日を
大切に生きなくてはならない。
だって、昨日亡くなった人は今日を生きる事が
出来なかったのだから・・・」
「てっちゃん、久しぶりだね。
覚えてる?せっきんだよ。
いつもテレビやラジオ聞きながら、
てっちゃんまたいい加減なこといってるなぁ〜と
思っていたよ。
でも、本当はまじめなてっちゃんは凄く調べ上げて
裏付けをとって、しゃべっていることも知ってるよ。」
「東京タワーの下に、お墓かったんだってね。
今度遊びに行くよ。中学の時によく買っていた
天勝のお惣菜持って行くからね。
友達でいてくれてありがとう。」
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